No.85 ヒヨドリジョウゴ(鵯上戸)
(株) 宮城環境保全研究所  大柳雄彦

暖冬という気象庁の予報は見事に外れ、寒い日が続いている。そのような中の幾らか穏やかな日、この歳時記の今月号の構想を纏めるため、季題を捜しに大崎八幡宮界隈を歩いてみた。名刹龍宝寺の境内にある松の銘木が、無惨にも赤褐色に枯れていたのには驚かされたが、その北側の露地を進んでいくと、民家の生け垣に絡まり、鮮やかな紅玉を鈴なりにした蔓性の植物が目に止まった。近づいて見ると、それはヒヨドリジョウゴという奇妙な名前の野草であった。野鳥が運んだ種子によって育ったものと思われ、ルビーのように輝く果実に歳末という季節感を重ねて次の句を思い出した。

くれなゐの実のことごとく師走かな龍太

 数年前、鬼籍に入られた近代俳壇の巨匠・飯田龍太の作。もちろんヒヨドリジョウゴを吟じたものではないが、まっ赤に熟した実に、年の瀬の迫る気配を感じさせるぴったりの句である。

ルビー色の実が輝くヒヨドリジョウゴ
ルビー色の実が輝くヒヨドリジョウゴ

ヒヨドリジョウゴ(Solanum lyratum)は、ナス科ナス属の多年草で日本のほぼ全域と朝鮮半島、中国大陸に分布する。わが国では、丘陵帯の林縁部、原野、道ばた、人家の近くなどにごく普通に自生し、最近は市街地の内部にも野鳥が持ち込んだと思われる自然侵入種を多く見かける。ヒヨドリが好んで食べることからきた名といわれ、漢字で鵯上戸と書き、上戸とは酒好の人のことをいう。
ナス属は1700種を超える大きな属で、世界の温帯から熱帯にかけて分布する。有毒性のものが多いが食用になるものもあり、ナスやジャガイモは重要な農作物である。因みに、この属には、メジロホウズキという同じ野鳥の名のつく野生種もあり、西日本に自生する。
ヒヨドリジョウゴは、木質化した根茎からつる状に茎を伸ばし、全草軟毛で覆われる。葉は互生し、基部の葉身はアサガオのように3~5裂するが上部のものは卵型となる。長い葉柄で他物に絡まり、茎を伸ばす。
夏から秋にかけて、茎から直接、あるいは葉に対生して花柄を伸ばし、集散花序を作る。花冠は白色で5深裂し、咢片が後方に大きく反り返る。花後は径8mmほどの腋果となり、赤熟して雪の降る頃まで枝に残る。この果実は有毒成分のソラニンを含み、漢方では「白英」と称し、解毒剤やマラリヤ、リュウマチなどによる関節痛の治療に用いる。

ヒヨドリジョウゴの白い花
ヒヨドリジョウゴの白い花

 ヒヨドリジョウゴが文学に登場するのは昭和期に入ってからのこと。それ以前の文献にこの名は出ていない。
この植物に好意を持っていたのは、明治末期から昭和にかけて活躍した作家の佐藤春夫。彼は太平洋戦争たけなわの頃、「慵斎雑話(1943)」という随筆集を著しており、その中に「秋新七種」の文を載せている。これは山上憶良の万葉歌「秋の七種」に倣い、野趣に富む野草の現代版「秋の七種」を提案したもので、次の植物を選んでいる。
カラスウリ、ヒヨドリジョウゴ、アカマンマ、カガリ、ツリガネ、ノギク、ミズヒキ。
和歌の歌体で七種を並べているが、初めの2種は花ではなく赤い実をつける植物、以下は順に、イヌタデ、ヒガンバナ、ツリガネニンジン、ヨメナ、ミズヒキと赤い花の咲く植物を挙げている。そして春夫は注釈で、「ヒヨドリジョウゴの知名度は今いちだが、花が散ると青い実になり、雪が降る頃にはまっ赤に輝き、雪中の南天よりも美しい」と絶賛し、更に「この実を求めて飛来するヒヨドリを心待ちにしている」とも述べている。
同時代の歌人斎藤茂吉もヒヨドリジョウゴには興味を持っていたようで、「白桃(1942)」に次の歌を載せている。

ここに来てひよどりじゃうごといふ花をわれは愛でつと人は知らなく

 薔薇という題で詠まれる紀貫之の作。私は今朝はじめて薔薇の花を見たが、実に色っぽく、なまめかしいものだというのが大意。以来、中国産の薔薇は、多くの歌集に詠まれ、枕草子や源氏物語などにも取り上げられるようになる。

 要するに春夫も茂吉も、ヒヨドリジョウゴという植物は、知る人ぞ知る存在であると認識していたようである。
俳句歳時記では「鵯上戸の実」を秋の季題としている。しかし名称が長過ぎるためか作例はひじょうに少ない。

はや色に出づる鵯上戸かな季暁
野分にもさめぬひよどり上戸かな蒼里

 両句とも果実の部分を省略して詠んでいるが、もちろん赤い実を詠んだものである。

[仙台市青葉区にて 沼倉撮影]
2012年11月27日