大崎八幡宮では、毎年水無月(陰暦6月)の最後の日になると、神殿前の参道に、人がくぐれるような大きい輪を立てて参詣者を迎える。この輪は、萱や藁を束ねて作った「茅の輪」といい、夏越し御祓いに用いる。ここを訪れる善男善女が、作法に従って輪を通り抜けると、その夏の災厄は免れるといわれ、京都の祇園社では平安時代から続いている。
茅の輪をくぐることを「菅抜け」というが、その一番手がツバメであるとする句。それにしても近頃は、ツバメの飛び交う姿は見かけることがなくなった。
八幡宮で菅抜けの催事が行われる頃、境内の茂みのあちこちに、紅色や黄色に熟したキイチゴが顔を覗かせる。上田敏の不朽の名訳といわれる「水無月」の一節にも
と歌われるようにキイチゴの多くはこの時期に成熟する。
キイチゴは木苺のことで、苺が草になるのに対し、木になるのでこう呼ばれる。仲間が非常に多いので、キイチゴ類と表現するのが正しい。分類上は、バラ科キイチゴ属(Rubus)の植物で、わが国には基本種だけで約40種が自生する。八幡宮の境内やその周辺で見られるキイチゴ類を表にまとめた。
種名 | 特徴 | 果実 |
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ニガイチゴ | 高さ2m以下、茎は立ち分枝し鋭いトゲがある。 葉は卵形、ときに3浅裂、花弁は白く、果実にやや苦味がある。 |
紅熟 |
クマイチゴ | 高さ2m以下、茎は直立または斜上、全体にトゲが多い。 葉は広卵形。ときに3~5浅裂。花弁白色、熊がこの果実を好む。 |
紅熟 |
モミジイチゴ | 高さ2m以下、茎は直立斜上し、トゲが多い。 葉は狭卵形でモミジ状になる。花弁白色、ごく普通に見られ、果実は美味。 |
黄熟 |
カジイチゴ | 高さ2m以下、茎は分枝し、全体緑色をおび、ツヤがありトゲは少ない。 葉は大型でモミジのように5~7裂。花弁白色。 |
橙黄熟 |
ウラジロイチゴ | 高さ2m以下、全体に剛毛が生え、別名エビガライチゴ。 葉は3出葉で裏面白色。総状花序で、花弁は白~うす紅色。 |
紅熟 |
クサイチゴ | 高さ0.5m以下、トゲは細く葉や枝に短軟毛を密生。 葉は3~5小葉。花弁は大きく白色、果実も球型で大型。 |
紅熟 |
ナワシロイチゴ | 高さ1.5m以下。茎はアーチ状に伸び、トゲを散生。 葉は3~5小葉で裏面白色。花弁は紅紫色。苗代作業の頃に咲く。 |
紅熟 |
キイチゴ属の地上部は、1年で枯れるものから数年生きるものまであるが、大半は2年を寿命とする。つまり、1年目は枝を伸ばして葉を展開し、2年目に開花、結実して枯れる型が多い。花が咲いて茎が枯れるのは、草の特徴であり、茎は木質化してはいるものの、キイチゴ属は基本的には、草本の性質を持っているわけである。「竹は木か草か」の命題は、今でも我々を悩ませているが、キイチゴに関しては、草ということで解決済みということになる。
「木苺」は初夏の季題である。俳句では果実の成熟する時期に視点を合わせている。ただし、近代に入ってから使われた季語のようで、江戸期の句は見つかっていない。
木苺は前にも述べたように40種にも及ぶキイチゴ属の総称である。しかし、仙台市周辺で人気のあるのは、モミジイチゴで、他のキイチゴ類には、あまり興味がないようである。葉の形がモミジに似るのでこの名があり、果実は文字通り黄苺で、わずかな酸味と十分な甘味があって、そのみずみずしさはキイチゴ属では最上である。林縁部や林道の沿線に生え、手ごろな高さに実るので、里山の子供たちにとっても重要なおやつになっている。
これらは、生育場所や果実の表現からモミジイチゴを詠んだ句と思われる。
「馬酔木」を主宰し、近代俳壇をリードした巨匠の句。清流のほとばしる渓岸の茂みから顔を出す木苺の果実が目に浮かぶ。
盛岡出身の東京大学工学部名誉教授で前句の作者秋桜子と同時期に活躍した俳人。晩年は東京都杉並区に住み、自宅の庭を雑草園と称していた。
「木苺の花」は初春の季語。モミジイチゴの花は、純白5弁で野生の清々しさがあり美しい。