No.17 アセビ (馬酔木)
(株) 宮城環境保全研究所  大柳雄彦
匂いたつアセビの花
匂いたつアセビの花

 植物分類上の正式な和名はアセビであるが、アシビ、アセボ、アセモ、シドミ、ウジコロシなどいろいろな異名で呼ばれる。このうちアシビは古名で「悪し美」の音便(※発音の便宜によって連音が変化するのこと)のようであり、万葉集などの古歌でもアシビとして詠まれている。

 昔から馬酔木の字を当てているのは、この木の葉にアセボトキシンという猛毒成分が含まれていて、これを馬が誤食すると中毒症状を起こし、脚がふらつくことからきている。一説によると、鹿もこれを食べると苦しみだし、角を落とすとされている。この毒性を利用して、かつては葉の煎汁を菜園の殺虫剤や家畜の肌につく害虫の駆除剤に利用した。

 アセビ(Pieris japonica)は宮城・山形県以西の低山帯に分布するツツジ科の常緑低木で、高さは3mぐらいまで伸びる。樹皮は捩れて褐色、小枝は緑色でよく分枝する。葉は枝先に集まって互生につき、葉身は細長く6cmぐらい、両端がとがり革質である。3~4月頃枝先に白い壷型の小花が鈴なりに垂れ下がる。その一つ一つはどこかスズランの花に似る。早春この花を観賞するため、社寺の境内や一般庭園の垣根、下木、根締め、石付などに植えられる。日陰や痩せ地にも耐えるので、重宝な庭木である。

鈴なりのアセビの花
鈴なりのアセビの花

 宮城県では天然分布の北限種であるということで、アセビをレッドデータブックの要注目種として取り扱っている。しかし関東以西では、いたるところに繁茂していて、植林地では厄介な下刈りの対象になっている。和歌の「山」や「峰」にかかる枕詞「あしひきの」は、本種のことと言われている。
 万葉集には、アシビを詠んだ歌が10首収められている。その中で特に知られているのが次の大来(おおく)皇女が弟の大津皇子に送った挽歌であろう。

磯のうへに生(お)ふる馬酔木(あしび)を手(た)折(お)らめど見すべき君がありと言はなくに(巻2.166)

 川岸の岩のほとりに咲くアセビを一枝手折ろうとするけども、それをお見せしたいあなたがいるというわけでもないのに・・・・が歌意である。

 大津皇子は天武天皇の皇子であったが、異母兄の草壁皇子が皇太子になったことに不満を抱き、謀反を企てた。天武天皇の喪中、ひそかに伊勢皇太神宮に向かい、斎宮であった2歳年上の同母姉大来皇女と逢い、一夜を語り明かして帰京後、謀反の罪で捕らえられ、翌日、磐余(いわれ)の池のほとりで処刑された。時に皇子は24歳であった。
 刑死した皇子の屍を大和葛城の二上山の頂上に埋葬されるとき、葬列に加わった大来皇女が川岸に咲くアセビの花を見て哀しみにむせびながら詠まれた御歌(みうた)である。

 俳句の世界でもアセビは古名のアシビとして読まれることが多く、「花馬酔木」や「馬酔木の花」が春の季語である。

花(はな)馬酔木(あしび)掌にさやさやと音たちぬ小間 さち子(こ)
月よりもくらきともしび花馬酔山口 青邨(せいそん)
花馬酔木春日の巫女の袖ふれぬ高浜 虚子

 第一句は、花の咲いたアセビの枝を揺するとサヤサヤと乾いた音のする趣を良く捉えている。また、第3句の春日は奈良の春日大社のことで、この境内のアセビは鹿の食害にあわないので旺盛に繁茂していて、3月中旬の花ざかりはまさに壮観の一言につきる

 最近、本県の牡鹿半島では、野生のニホンジカが増えすぎ、森林植生への被害が目立っている。いろいろな防除対策が講じられているが、この際、春日大社のアセビにあやかって、アセビの植栽による防護帯を考えても良いのではないかと思っている。

サヤサヤと葉音のするアセビ
サヤサヤと葉音のするアセビ
[写真は国見4丁目にて山本撮影]
2009年5月15日