No.42 コブシ(辛夷)
(株) 宮城環境保全研究所  大柳雄彦
まっ直ぐに伸びた樹幹から沢山の枝を出す
まっ直ぐに伸びた樹幹から沢山の枝を出す

 月日のたつのは早いものでつい最近正月のお祝いをしたと思っていたらもう4月である。昔から「2月逃げ月、3月去り月」といわれるが、年を取るとそのスピードはますます早く感じる。  この4月10日、天皇・皇后両陛下は、ご成婚50 年、つまり金婚の日をお迎えになられた。その前日に行われた記者会見で、皇后さまは「結婚してよかったと思われた時」を問われ、昭和48 年の春に詠まれた次の歌を挙げておられる。

仰(おふ)ぎつつ花えらみゐし辛夷(こぶし)の木の枝さがりきぬ君に持たれて

 美しく咲くコブシの枝を陛下が目の高さにまで手で下ろし、見せてくださった様子をうたったものと思われ、陛下の皇后様に対する優しい心遣いが伝わってくる。
 コブシは、里山やときには奥山にも生えるモクレン科の落葉高木である。庭園や公園、街路にも植えられ、春には人々の目を楽しませてくれる。樹幹はほぼまっ直ぐに伸び、枝を多く出す。小枝は緑色で折ると強い芳香がある。葉は互生につき、倒卵形で厚みがあり、葉縁に鋸歯はない。花は4月早々、葉に先き立って開き、花弁は6枚で純白。周囲の木々が芽ごしらえの準備をしているうちにひと足早く、枝一杯に花をつける。まさに万朶ばんだのコブシと呼ぶにふさわしく、その華麗さはひときわ目立つ。

風の子の群れがこぶしに声をあぐ石原八束

 源氏との戦に敗れた平家の落人が、逃がれた先でのある朝、あたり一面が源氏の白旗に囲まれていたので、もはやこれまでと自刃し果てたという悲劇を生んだのが、このコブシの花といわれる。
 コブシの名は、つぼみの形が赤児の握りこぶしに似ていることに由来する。漢字で辛夷と書き、これを誤用とする説もあるが、奈良朝時代、天武帝にこの花を献上した四道将軍の子孫が、辛夷の姓を賜ったという史実もあるなど、古来、この文字が慣用的に使われている。
 学名は、Magnolia kobus で、種名がそのままコブシとなっており、わが国の特産で中国大陸には分布しない。
 コブシは、ほぼ日本全土に分布するが、その中心域は東北地方である。山形県出身の歌人斎藤茂吉は、見はるかす山腹なだりに咲きてゐる辛夷の花のほのかなるかもと万葉調でコブシの花を詠んでいる。

 流行歌手、千昌史が絶唱した望郷の歌「北国の春」に出ているコブシは、彼の出身地に多いキタコブシではないかと考えている。キタコブシは母種のコブシより花も葉も大型の雪国系の変種で、岩手県には多く分布する。
一方、詩人の三好達治は奥山に咲くコブシの花を次のようにうたっている。

山なみ遠(とほ)に春はきて
こぶしの花は天上に
雲はかなたにかへれども
かへるべしらに越ゆる道

 「山辛夷(やまこぶし)ぱらりと咲けば田ごしらえ」の句があるように、かつてはこの花が咲き出すと、農家の人たちは水田の仕事にとりかかったものである。このためコブシには「田打ちざくら」の異名がある。また地方によっては「こぶしが咲いたら畑豆を蒔け」や「こぶしが咲けば鰯がとれる」などの俚諺(りげん)もあり、コブシの開花は自然の暦として活用されてきた。
 開花直前のつぼみを摘み取り、日陰に吊り下げ乾燥させたものが漢方の「辛夷(しんい)」で発散解毒剤として利用される。主に鼻病に用いられ、蓄膿症、慢性鼻炎に効き目があるといわれる。

花弁は6枚で純白
花弁は6枚で純白
開花は自然の暦として活用された
開花は自然の暦として活用された
[写真は仙台市青葉区国見にて 山本撮影]
2009年5月16日